
空虚な、タナトス。
私のいた小学校では、男女ともに半ズボンが先生から薦められていた。それも一年中。真冬の寒い時期でも、長ズボンは風邪でもひいていない限りはくものではないと思われていた。今考えるとおかしな話だけど、半ズボンは先生たちにとって子供らしさと健康の象徴だったみたい。 そんなある日、別のクラスのS君が職員室に呼び出されてしかられたという話が学校中に流れた。彼は長ズボンをはいてきたのだ。しかもそれは、ジーンズだった。それを見た学年主任の先生が激怒し、彼をひっぱっていったらしい。 私たちの学校の先生方は学生運動に参加したことがないか、運動に反対していた人たちばかりだったようで、ジーンズを反体制の象徴と見ていた。でも捕まったS君にとって、ジーンズをはいて学校に行くことは自分を貫くための手段だった。その日からずっと、彼はいくら注意されてもジーンズをはき続けた。 最近の子たちは自由。小学生も化粧をしているし、ジーンズどころかキャミも着てる。ピアスを開ける子もいる。けどそうした今の子とS君とは、深い溝がある。S君にとってジーンズは、自分自身を発現する手段だった。けしてジーンズを脱がないことで、彼は彼らしさを貫いていた。先生の価値観と、戦っていた。 今の子たちには、ジーンズも化粧もピアスもファッションでしかない。自分自身を表現するんじゃなくて、周りと同化するためにおしゃれをしている。少し前まで自己を確立した大人の世界に属していたもの、そしてそんな大人の中でも強い自我を持つ人にしか許されなかったものが、その主義やスタンスはスポイルされてどんどん子供の世界に入っていく。そこに意味はない。あるのは同化と、そこからくる空虚さ。そしてその空虚さを埋めるために、目の前の楽しさに走る。クラブ、ドラッグ、セックス。自己実現も、そのもとの渇望もなにもない。ただ、ぽっかりといつの間にか空いてしまったものを埋めるだけの作業としての退廃。退廃からの快楽。堕ちることの悦び。空虚な、タナトス。 だから、多分ちょっと古い世代の私には、耳ピアスからスプリット・タンを目標に舌にも穴を開け、刺青まで入れてしまうルイの気持ちが、最初はまったく分からなかった。私とは違う世界、価値観の中で動いている人だと思った。 でも、「蛇にピアス」を読み終わった今は、彼女も私もおなじではないかと思う。 →next to tomorrow! コメント(1)| Track back(0) | 2004-02-16 23:49:11 |
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